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東京高等裁判所 平成6年(行ケ)115号 判決

アメリカ合衆国カリフォルニア州 90045-0066

ロサンゼルス ヒューズ・テラス 7200

原告

ヒューズ・エアクラフト・カンパニー

同代表者

ワンダ・ケー・デンソンーロウ

同訴訟代理人弁理士

鈴江武彦

坪井淳

中村誠

水野浩司

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

同指定代理人

丸山亮

光田敦

幸長保次郎

吉野日出夫

関口博

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間を90日と定める。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成4年審判第14838号事件について平成5年11月30日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文第1、2項と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和61年8月1日、名称を「グレーデッドインデックス非球面コンバイナー及びそれを用いたディスプレイシステム」とする発明(以下「本願発明」という。)につき、アメリカ合衆国における1985年8月14日付け特許出願に基づく優先権を主張して、特許出願(特願昭61-504389号)をしたが、平成4年5月12日拒絶査定謄本の送達を受けたので、同年8月10日に審判を請求した。特許庁は、この請求を平成4年審判第14838号事件として審理した結果、、平成5年11月30日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、平成6年1月17日原告に送達された。

2  本願発明のうち、特許請求の範囲第1項に記載された発明(以下「本願第1発明」という。)の要旨

少なくとも1つの非球面表面及び第2の表面を有する基板と、

選択的な反射光学関数を与える為に前記基板の1つの表面に施されるグレーデッドインデックス層と、

可視波長領域の入射光線の反射を最小化する為に前記基板の第2の表面に施される広帯領域抗反射層とを具備し、前記グレーデッドインデックス層及び前記抗反射層は前記基板を挟み、各々外側面を形成している光学コンバイナー。(別紙図面1参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願のうち、本願第1発明の要旨は前項記載のとおりである。

(2)  これに対して、国際公開第85/01115号パンフレット(公開1985年3月14日。本訴における甲第4号証の1。以下「引用例」という。)には、以下の点が記載されている。

a 少なくとも1つの非球面表面及び第2の表面を有する基板と、

選択的な反射光学関数を与える為に前記基板の1つの表面に施されるグレーデッドインデックス層が、1つの外側面を形成している光学コンバイナーである点。

b 選択された波長以外の外部からの入射光線は、光学コンバイナーを透過する点。

(3)  そこで、本願第1発明と前記引用例に記載されたものとを対比すると、前記引用例における「選択された波長以外の外部からの入射光線」は、本願第1発明における「可視波長領域の入射光線」に相当するから、両者は、少なくとも1つの非球面表面及び第2の表面を有する基板と、

選択的な反射光学関数を与える為に前記基板の1つの表面に施されるグレーデッドインデックス層と、

前記グレーデッドインデックス層が1つの外側面を形成している可視波長領域の入射光線を透過する光学コンバイナーである点で一致し、本願第1発明においては、基板の第2の表面に、可視波長領域の入射光線の反射を最小化する為に、広帯領域抗反射層を施しているのに対し、前記引用例に記載されたものにおいては、特段の記載がない点で相違する。

(4)  上記相違点について検討する。

〈1〉 一般に、可視波長領域の入射光線が入射する光学部品に、入射光線の反射を最小化する為に、広帯領域抗反射層を施すことは、周知技術である。

〈2〉 したがって、前記引用例における光学コンバイナーにおいて、前記周知技術を適用して本願第1発明のように構成することは、当業者において容易になしえたことであると認められる。

〈3〉 そして、前記周知技術を考慮すれば、本願第1発明の構成によってもたらされる効果も前記引用例に記載されたものから当業者であれば予測することができる程度のものであって格別のものとはいえない。

(5)  以上のとおりであるから、本願第1発明は、前記引用例に記載されたものから当業者が容易に発明をすることができたものであると認められ、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点(1)ないし(3)は認める。同(4)のうち、〈1〉は認め、その余は争う。同(5)は争う。

審決は、本願第1発明について、相違点についての判断及び効果についての判断を誤った結果、進歩性の判断を誤ったものであるから、違法として取り消されるべきである。

(1)  取消事由1(相違点についての判断の誤り)

審決は、引用例における光学コンバイナーにおいて、広帯領域抗反射層についての周知技術を適用して本願第1発明のように構成することは、当業者において容易になしえたことであると判断するが、誤りである。

〈1〉 本願第1発明の技術的課題の1つは、ディスプレイ光源からの狭帯光線のゴースト像を減少することである。そのことは、本願第1発明と比較されている光学コンバイナーの欠点に関して、「多層構造の結果、ゼラチンホログラフィックコンバイナーにより不所望の強いゴースト像が生み出される」(甲第2号証4頁左下欄19行、20行)、本願第1発明の目的の1つとして、「さらにもう1つの目的は、強い第2像を最小化する光学コンバイナーを提供することである。」(同5頁左下欄4行、5行)と記載されていることから明らかである。

これに対し、引用例(甲第4号証の1)には、グレーデッドインデックス層で反射される狭帯光線(放射線28)が基板の第2の表面でも反射されてゴースト像が発生するという問題があること、及びこのゴースト像の発生を防止することが光学コンバイナーにとって解決すべき課題であることについて何ら言及されていない。すなわち、引用例に記載されたものにおいては、特定の波長の光を特異的に反射し、他の波長の光を透過するという特性を有する層としてグレーデッドインデックス層を認識しており、これを超える認識はない。そして、この引用例に記載されたものにおいて認識されているグレーデッドインデックス層の特性からは、光学コンバイナーのゴースト像の強度を低下させるという効果を導くことはできない。

さらに、本願明細書及び図面(甲第2及び第3号証。以下「本願明細書」という。)中で比較されているゼラチン型コンバイナーでは、広帯領域抗反射層を組み合わせているにもかかわらず、ゴースト像を十分に低減することはできていない。

したがって、引用例に記載された光学コンバイナーの基板の第2の表面に広帯領域抗反射層を設けて、ディスプレイ光源から発生した狭帯領域光線が基板の第2の表面で反射する入射光線の反射を最小化してゴースト像の発生を極力抑えるということは、当業者といえども容易に想到することはできない。

〈2〉 被告は、本願第1発明におけるゴースト像の低下はグレーデッドインデックス層の採用により達成されている旨主張する。しかし、本願第1発明の目的は、グレーデッドインデックス層に広帯領域抗反射層を組み合わせることにより初めて達成できるものである。

また、被告は、内部狭帯領域光線の不要な反射を減少させるために広帯領域抗反射層の採用は周知・慣用の技術にすぎないと主張する。

しかし、引用例には、本願第1発明の技術課題、及びグレーデッドインデックス層によるゴースト像の低減という効果がいずれも記載されていないのであるから、広帯領域抗反射層自体が周知・慣用の技術であるとしても、本願第1発明の技術課題を達成するために、グレーデッドインデックス層を利用するという着想及びこのグレーデッドインデックス層に広帯領域抗反射層を組み合わせるという技術的思想は引用例からは全く導くことはできない。

(2)  取消事由2(効果についての判断の誤り)

本願第1発明の構成によれば、ディスプレイ光源であるCRTによって発生される狭帯光線がコンバイナーにより反射される際に、第2像(ゴースト像)の強度が主たる反射像の強度よりはるかに小さいのに対し、2つのARコーティングを備えたゼラチン型コンバイナーでは、本願発明のコンバイナーと比較して、第2像(ゴースト像)の強度が40倍も大きい(甲第2号証13頁右下欄3行ないし14頁左上欄8行)。

仮に、グレーデッドインデックスコーティング層の反射率を80%、ガラス基板の反射率を4%として、引用例に記載されたもののゴースト像の強度を計算すると、別紙図面2に記載のとおり、0.16%となり、本願第1発明のそれと比べて桁違いに高くなる。

このように、本願第1発明の構成によれば、ディスプレイ光源からの狭帯光線のゴースト像の強度を著しく低下させるという顕著な効果を発揮する。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決の判断は正当であって、原告主張の誤りはない。

2  反論

(1)  取消事由1について

〈1〉 原告は、引用例に記載されたものにはグレーデッドインデックス層で反射される狭帯光線(28)が基板の第2の表面でも反射されてゴースト像が発生するという問題があり、このゴースト像の発生を防止することが本願第1発明における解決すべき課題であると主張する。

しかし、本願第1発明が基板の第2の表面に広帯領域抗反射層を施したのは、その特許請求の範囲第1項が明確に記載しているように、可視波長領域の入射光線の反射を最小化するためであって、ディスプレイ光源から発生した狭帯領域光線が基板の第2の表面で反射することを防止するためであるとの直接の記載は明細書には見当たらない。

また、本願明細書によれば、本願第1発明が課題としているゴースト像の回避は、考慮すべき界面が5つ、及び転位した像の有意な成分が3つ存在するというゼラチンホログラムに代え、グレーデッドインデックスコーティングを用いたことによって達成されているものである(甲第2号証13頁左下欄10行ないし14頁左上欄8行)。

〈2〉 仮に、本願発明において基板の第2の表面に設けられた広帯領域抗反射層がゴースト像の強度の低減に関係するものだとしても、広帯領域抗反射層は、本願第1発明のみに特有のものではなく、従来のゼラチンホログラフィックコンバイナーを用いたものにおいても採用されていた(甲第2号証13頁右下欄22行ないし14頁左上欄1行)。このことからも、この種コンバイナーにおいて広帯領域抗反射層を設け、外部入射光線の透過率を高めると同時に内部狭帯領域光線の不要な反射を減少させ、結果としてゴースト像の強度を低下させる点は、周知・慣用の技術にすぎないことが知られるのである。

なお、従来のゼラチンホログラフィックコンバイナーを用いたものがゴースト像を十分低減することができなかったのは、広帯領域抗反射層の有無によるものではなく、考慮すべき界面が5つ、及び転位した像の有意な成分が3つ存在するという点に、その理由を求めることができる。

(2)  取消事由2について

原告主張の効果は、引用例に記載されたものに上記周知技術を組み合わせた構成から当然予想できる程度のものにすぎない。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願第1発明の要旨)及び同3(審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。

そして、審決の理由の要点(2)(引用例の記載事項の認定)、同(3)(一致点、相違点の認定)は、当事者間に争いがない。

2  本願第1発明の概要

甲第2及び第3号証によれば、本願明細書に記載された本願第1発明の概要は、次のとおりである。

(1)  従来技術、目的

「従来、ゼラチンフィルターが用いられている一般的な用途は、飛行機ディスプレイシステムに一般的に用いられている。ヘッドアップディスプレイ(HUD)又はヘルメットバイザーディスプレイ(HVD)のような、反射ディスプレイの光学コンバイナーに用いられるものである。・・・これらの用途に採用される積層ゼラチンホログラッフィックコンバイナーは、典型的にはガラス、ゼラチンホログラム、ガラス、プラスチック及び抗反射(AR)コーティングから成る連続層が結合された球状のプラスチック基板を有する。ゼラチンを挟むガラス層は、湿気による分解からゼラチンを守るために必要である。多層構造の結果、ゼラチンホログラフィックコンバイナーにより不所望の強いゴースト像が生み出されることがある。」(甲第2号証4頁左下欄7行ないし21行)

「さらにもう1つの目的は、強い第2像を最小化する光学コンバイナーを提供することである。」(同5頁左下欄4行、5行)

(2)  構成

「第9図(別紙図面1参照)には、新規な回折型光学コンバイナーが開示されている。コンバイナー40の改善された性能及び比較的単純な構造はHUD及びHVDのような用途に良く適している。第9図に描かれたコンバイナー40は、ガラス又はプラスチックのような材料から形成された基板45を有する。基板の表面46上に回折コーティングが形成され、これはゼラチンホログラム又はグレーデッドインデックスコーティングを含む。・・・基板45の他の表面47上には抗反射性コーティング48が形成されている。表面46及び/又は47は平面状又は球状であってもよいが、好ましくは、コンバイナー40が採用されるディスプレイシステム中の収差を補償又は均衡させるように選択された非球状の外形を有する。コーティング50は、球状基板上に形成された従来のゼラチンホログラムと同様に、狭帯の高い反射率応答を与える。」(同13頁右上欄1行ないし17行)

「グレーデッドインデックスコーティングはポリカーボネートのようなプラスチック基板上に直接施すことができ、ゼラチンホログラムと異なり、通常特定の範囲の湿度及び温度のような環境的効果に対して不活性である。これらの2つの特徴によりグレーデッドインデックスコーティングを基板45の表面46に直接施すことができ、これによって大きな光学的利点がもたらされる。表面46は第9図に示すように観察者の目58を向く表面であるので、コンバイナー40は、積層ゼラチンホログラフィックコンバイナーにおいてしばしば生じる、強力な転移された第2(ゴースト)の像を実質的に減少させる。第2の表面47からの反射の強度は一般的に表面46から反射される主像の強度よりも数桁小さいので、HUD又はHVDシステムにコンバイナーを実際に用いることについて有意な問題ではない。さらに、抗反射(AR)コーティングは基板45の表面47にのみ施されるが、一方、ゼラチン型のHUD又はバイザーコンバイナーでは、コンバイナーの両側にARコーティングが必要である。」(同13頁左下欄10行ないし右下欄2行)

(3)  効果

「ゴースト像の強度の減少が第9図(別紙図面1参照)に描かれている。ディスプレイ光源は典型的にはCRT55を含む。CRTによって発生される狭帯光線は、光路56に沿ってコンバイナー40に入射する。コーティング50は典型的には、光源30からの入射光線の80%を光路57に沿って観察者の目58に向かって逆向きに反射する。コーティング50(20は誤りと認める。)によって反射されなかったディスプレイ光源の小さな部分は光路56aに沿って透過し、基板45及びARの界面に至る。典型的なARコーティングは、典型的には入射光線の約0.5%のみを反射し、残りの光を透過させる。反射光線は光路57aに沿って進む。コーティング50は光路57aに沿って入射する光線の80%を反射し、入射光線の20%のみを透過させる。光路57aに沿った第2の像の強度はわずかに(20%)(0.5%)(20%)、すなわち、コンバイナー40に入射する光源55からの光の強度の0.02%である。このように、反射される第2像の強度は、主たる反射像の強度よりもはるかに小さい。第9図に示されるコンバイナー40のゴースト像性能は、従来のゼラチンホログラフィックコンバイナー、すなわち、少なくとも5つの層と、2つのガラス基板の外表面上に形成された2つの外ARコーティング、すなわち、ゼラチンホログラムを挟むコーティングを有するものと対照的である。光源光の波長における、ARコーティングの性能(0.5%反射)及びゼラチンホログラムにおける80%の反射率について同等の性能を有するものと仮定したとしても、考慮すべき界面が5つ、及び転位した像の有意な成分が3つ存在する。3つの二次成分の合体した強度は0.84%であり、すなわち、第9図に示されるコンバイナーにおける0.02%と比較すると40倍も大きい。」(同13頁右下欄3行ないし14頁左上欄8行)

3  原告主張の取消事由の当否について検討する。

(1)  取消事由1について

〈1〉  上記2に説示のとおり、従来のゼラチンホログラフィックコンバイナーは多層構造であり、この多層構造の結果として強いゴースト像が生み出されていたところ、本願第1発明は、基板の第1の表面にグレーデッドインデックスコーティングを直接施す構成により層構成の単純化を図ることによって、ゴースト像を強度のきわめて弱いものとする効果を生じさせ、さらに、基板の第2の表面に広帯領域抗反射層を組み合わせる構成によって、第1の表面のグレーデッドインデックスコーティングによりきわめて弱いものとなっているゴースト像の強度を更に弱いものにするという効果を生じさせていることが認められる。

被告は、本願明細書には、本願第1発明が基板の第2の表面に広帯領域抗反射層を設けたのは内環境からのグレーデッドインデックス層を通過した光線を低下させるためであるとの記載はない旨主張する。

確かに、前記1に説示のとおり、本願第1発明の要旨(特許請求の範囲第1項)によれば、「可視波長領域の入射光線の反射を最小化する為に前記基板の第2の表面に施される広帯領域抗反射層」と記載され、前記2に説示のとおり、その詳細な説明中には、「第2の表面47からの反射の強度は一般的に表面46から反射される主像の強度よりも数桁小さいので、HUD又はHVDシステムにコンバイナーを実際に用いることについて有意な問題ではない。」(甲第2号証13頁左下欄20行ないし24行)と記載されている。しかしながら、前記2に説示のとおり、本願明細書には、「ゴースト像の強度の減少が第9図に描かれている。ディスプレイ光源は典型的にはCRT55を含む。CRTによって発生される狭帯光線は、光路56に沿ってコンバイナー40に入射する。コーティング50は典型的には、光源30からの入射光線の80%を光路57に沿って観察者の目58に向かって逆向きに反射する。コーティング50(20は誤りと認める。)によって反射されなかったディスプレイ光源の小さな部分は光路56aに沿って透過し、基板45及びARの界面に至る。典型的なARコーティングは、典型的には入射光線の約0.5%のみを反射し、残りの光を透過させる。反射光線は光路57aに沿って進む。コーティング50は光路57aに沿って入射する光線の80%を反射し、入射光線の20%のみを透過させる。光路57aに沿った第2の像の強度はわずかに(20%)(0.5%)(20%)、すなわち、コンバイナー40に入射する光源55からの光の強度の0.02%である。このように、反射される第2像の強度は、主たる反射像の強度よりもはるかに小さい。」(甲第2号証13頁右下欄3行ないし20行)と記載されており、この記載によれば、基板の第2の表面のARコーティング層が第1の表面からの入射光線によって生ずるゴースト像の低減に寄与するものとして扱われていることは明らかであり、この点に関する被告の主張は採用できない。

〈2〉  ところで、本願第1発明と引用例に記載されたものが、「選択的な反射光学関数を与える為に前記基板の1つの表面に施されるグレーデッドインデックス層」との構成の点で一致すること(審決の理由の要点(3))は、前記1に説示のとおりである。

そうであれば、引用例に記載されたものも、グレーデッドインデックス層を具備しているのであるから、そのことにより、本願第1発明と同様に、光学コンバイナーで反射するディスプレイ光源からの狭帯領域光線のゴースト像を低下させるという技術的課題を解決しているものと認められる。

原告は、引用例に記載されたものにおいては、特定の波長の光を特異的に反射し、他の波長の光を透過するという特性を有する層としてグレーデッドインデックス層を認識しており、これを超える認識はなく、この引用例に記載されたものにおいて認識されているグレーデッドインデックス層の特性からは、光学コンバイナーのゴースト像の強度を低下させるという効果を導くことはできない旨主張する。

しかしながら、甲第4号証の1によれば、引用例には、ゼラチン回折素子の問題点として、「長波長の光を感知することはできないので、ゼラチンフィルターを使用できる範囲は、可視光線から赤外線付近の放射に限られる」(甲第4号証の2第3頁左下欄10行ないし12行)等の点に加え、「ゼラチン回折素子は湿気と熱の影響を受けやすく、環境に対する安定性に問題がある。この問題を解決するために、ガラスやガラス状コーティング等を用いて保護層を設けているが、このために製造工程が複雑になり、製品コストが高くなってしまう。」(同3頁左下欄5行ないし9行)点が記載されていることが認められる。この記載によれば、引用例に記載されたものも、ゼラチン型コンバイナーによる強いゴースト像の発生を低下させるとの技術的課題を当然のものとして有していると認められる。したがって、この点についての原告の主張は採用できない。

〈3〉  審決の理由の要点(4)〈1〉(広帯領域抗反射層が周知であること)は、当事者間に争いがない。

そうすると、前記〈2〉に説示のとおり、ディスプレイ光源からの狭帯領域光線のゴースト像の発生の低下という課題を解決するためにグレーデッドインデックス層を採用した引用例に記載されたものに、更にゴースト像の強度の低下を図るために、基板の第2の表面に広帯領域抗反射層を施すことは、当業者において容易になし得たことと認められる。

原告は、基板の第2の表面に広帯領域抗反射層を設けることにより、外環境からの広帯領域入射光線を透過させるためではなく、ディスプレイ光源から発生した狭帯領域光線が基板の第2の表面で反射することによるゴースト像の発生を極力抑えるということは容易に想到できることではない旨主張する。

しかしながら、広帯領域抗反射層は、光の入射に対して反射を減少させるものであり、入射する光が基板の第2の表面の外方からの可視波領域の光であれ、基板の第1の表面から入射する透過光であれ、いずれもその反射を減少させるものであることは技術的に明らかである。また、前記2に説示の本願明細書中の「これらの用途に採用される積層ゼラチンホログラッフィックコンバイナーは、典型的にはガラス、ゼラチンホログラム、ガラス、プラスチック及び抗反射(AR)コーティングから成る連続層が結合された球状のプラスチック基板を有する。」(甲第2号証4頁左下欄13行ないし17行)との記載は、基板の第1の表面から入射する透過光についても反射を減少させるためにARコーティング層を用いることを示していると認められる。したがって、この点の原告の主張は採用できない。

なお、原告は、ゼラチン型コンバイナーでは広帯領域抗反射層を組み合わせているにもかかわらずゴースト像を十分に低減することはできなかったことをも容易に想到できないととの理由として主張する。しかしながら、従来のゼラチン型コンバイナーにおいて十分なゴースト像の強度の軽減ができなかったのは、前記2に説示のとおり、「考慮すべき界面が5つ、及び転位した像の有意な成分が3つ存在する」(甲第2号証14頁左上欄4行、5行)ためであることが認められるから、従来のゼラチン型コンバイナーにおいて十分なゴースト像の強度の低減を図れながったことは、基板の第2の表面に広帯領域抗反射層を設けることを想到することが困難であったことの理由とはならない。

〈4〉  したがって、原告主張の取消事由1は理由がない。

(2)  取消事由2について

原告は、本願第1発明の構成によれば、ディスプレイ光源であるCRTによって発生される狭帯領域光線がコンバイナーにより反射される際に、第2像(ゴースト像)の強度が、主たる反射像の強度よりはるかに小さいのに対し、2つのARコーティングを備えたゼラチン型コンバイナーでは、本願第1発明のコンバイナーと比較して、第2像(ゴースト像)の強度が40倍の大きいという顕著な効果を奏すると主張する。

しかしながら、引用例に記載された発明は、前記のとおりゼラチン型コンバイナーではなく、グレーデッドインデックス層を施した光学コンバイナーであるから、比較の対象を誤っているのみならず、原告主張の効果は、基板の第1の表面にグレーデッドインデックスコーティング層を採用した上、基板の第2の表面に広帯領域抗反射層を付加した構成を採用したことにより当業者が当然予想できる程度のものであるから、これをもって格別のものと解することはできない。

したがって、原告主張の取消事由2は理由がない。

4  よって、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間を定めについて行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、158条2項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

別紙図面1

〈省略〉

別紙図面2

参考図4

(b) 引用例(広帯領域抗反射層無し)

計算

〈省略〉

(1-0.80)×0.04×(1-0.80)=0.001G(=0.16%)

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